講師紹介と講座内容

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講師名:田中 俊明(たなか としあき)
講座名:任那問題を再考する

◆講師自己紹介
 1952年、福井県生まれ。京都大学文学部卒業・同大学院文学研究科博士課程認定修了。史学科の東洋史学研究室に在籍していた。日本学術振興会特別研究員・堺女子短期大学助教授を経て、滋賀県立大学に移り、今年3月に停年退職した。朝鮮古代史および古代日朝関係史を研究している。高句麗史・百済史・新羅史および加耶史。三国については、特に都城制と領域支配の問題を扱ってきた。また楽浪郡にも関心があり、現在の科学研究費補助金による研究テーマ(2020年度まで)は「古代中国の東北フロンティア開発と玄菟郡・楽浪郡」である。正史(『新唐書』まで)東夷伝の訳注、『三国史記』の訳注も進めている。
 主な著書は『大加耶連盟の興亡と「任那」』吉川弘文館、『古代の日本と加耶』山川出版社、『高句麗の歴史と遺跡』(東潮と共著。中央公論社)『韓国の古代遺跡』1新羅篇・2百済伽耶篇(同前)など。現在は、『魏志』東夷伝の訳注と、『倭の五王と東アジア世界』の刊行を準備している。

◆講座の内容紹介・受講される皆様へ
 かつての日本古代史学界では、古代の日本が4世紀後半に朝鮮半島に出兵して、その南部を占領し、植民地「任那の官家(みやけ)」として支配した、そのための統治機関として任那日本府を設置し、それは562年まで続いたと考えていた。これを古代日本の朝鮮半島南部経営説、任那支配説などとよぶ。戦後になってもその考えが疑われることなく通説化していたが、1963年に北朝鮮の金錫亨がいわゆる分国論を発表し、さらに『初期朝日関係研究』を刊行して、日本の学界に大きく再考を促した。事実、それを画期として、日本の学界は変わり始めた。現在、学界的には、そうした考えをとる研究者はほとんどいなくなったといえるが、一般にはなお、十分に浸透していない点もある。そこでわたしは、そうした研究の流れを詳述し、そうした任那支配説の根幹をなす基礎史料としての『日本書紀』を批判的に整理して、どのように考えられるか、考えるべきかを提示したい。『日本書紀』のみが、本来の加耶(加羅。朝鮮半島南部にあった小国群の総称)のひとつの国の名にすぎない、倭国と最も関わりの深かった任那を、「任那の官家」の意味や、加耶諸国の意味で用いており、きわめて特異である。その批判的検討が不可欠である。
 特別な予備知識は必要ではないが、朝鮮古代史に関心を持っているかたが望ましい。史料は具体的に読んだうえで内容を検討するが、受講者に輪読等を求めることはない。



◆毎月1回 第2水曜日 15:00〜16:30
 ※全4回講座

第1回 4月11日(水)
内容:任那問題とは何か
 そもそも任那問題とは何かについて述べる。『日本書紀』に「任那」という用語がどのように登場しているか、加耶諸国とは何かについて述べて、講座全体の予備作業としたい。

第2回 5月9日(水)
内容:「任那」理解変化の画期
 研究史を述べる。特に画期となった北朝鮮の金錫亨論文・著書の内容と、その前後の変化について述べたい。   

第3回 6月13日(水)
内容:いわゆる「任那復興会議」
 『日本書紀』に「任那日本府」が登場するのは、541年〜544年のいわゆる「任那復興会議」においてである。そもそもその会議は、どのようなものであったのか、そこに至る歴史過程と合わせて述べる。

第4回 7月11日(水)
内容:あらたな任那論へ
 あらためて「任那日本府」「任那」支配について、どのように考えるべきかを提示する。

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